逆噴射完
あけましておめでとうございます。今年は年が変わった瞬間から冠婚葬祭冠婚葬祭冠婚葬祭……になってしまい、完全に書評が後ろにズレこみました。
逆噴射小説大賞2024、一次選考と二次選考の結果が出ました。こちらでは私は載っています!
こちらは最終選考です。私は……落選です! つまり二次選考を通過したところで終了しました。まだまだ文章力とか根本的な下地(ジャンル選定)で及ばないところがあるので、精進します。
大賞受賞作は電楽サロンさんの『Boooom!!!!』でした。おめでとうございます!
また奨励賞としては、ハンブンバッチさん、獅子吼れおさん、zealotofBWさんが受賞されています。こちらも、おめでとうございます!!
私の逆噴射は完結したので(まだ作品が残っていますが)、今年もドコドコ書いていきます!
そして、一月中に最終コメンタリーの記事も発表される予定です。どんな内容の記事が出てくるか楽しみです(二月になりましたが、そういうこともある)。
ひとまず今日は書評です。
長谷敏司『BEATLESS(上・下)』角川文庫、2018
大災害である〈ハザード〉後の日本。100年後の未来。日本は大きく変化した。自衛隊は軍隊へと変わり、人型アンドロイドhIEが主流となった。人類の知能を超えた《人類未到産物》である〈レッドボックス〉が生まれはじめた。ある夜、高性能hIEである〈レイシア〉級が七体脱走する。少年アラトは外を歩いている時、〈レイシア〉のネームド機体であるレイシアに出会う。その機体は少女の姿をしていた。
あらすじ
大作です。数年前に一度読みましたが、今回は再読しました。
遠藤アラトをメインの主人公として、〈レイシア〉級の七体のアンドロイド、周囲の人間たちによる群像劇が繰り広げられます。人間ズはアラト、それぞれ友達のリョウ、ケンゴ、そして彼らの家族など。〈レイシア〉級のアンドロイドたちは時に暗躍し、時に戦い、時に議論を繰り広げます。
三人の少年たちは友達ですが、人間関係の入り組み方が面白い。アラトがどこにでもいる少年という立ち位置だとすれば、リョウは大企業であるミームフレーム社の御曹司であり、自らも会社の人間として職務を担います。あり体に言えば勝ち組で、hIEによる利益を得ています。
対するケンゴは、吾妻橋で定食屋を営んでいる日本人とロシア人の息子であり、両親はhIEを嫌っています。ケンゴの部屋は狭く、ネット回線を引くのも苦労しています。ケンゴは社会構造として恵まれないものの側に立っており、ボランティアとしてhIEを迫害する《抗体ネットワーク》に属しています。三者を描くことによって社会の仕組みを垣間見られます。
また上下二冊の分量なので、続いていく物語に従ってキャラクターたちの性格も変化していきます。ケンゴはもとより、最初は軽そうでいけすかない感じだったリョウも、アラトとの議論や数々の修羅場をくぐり抜けることで、性格もタフになっていきます。
とはいえ主人公はアラトなので、アラトは「人間と機械との繋がり」に思考の方向性を広げていき、反対にリョウは「人間が機械をコントロールすること」を中心に考えます。
作品で登場する「アナログハック」の概念が興味深い。「ロボットであるのにデータを駆使して空気をうまく読んで人間っぽく振る舞い、それによって人間から愛着を引き出す」という技術です。
ChatGPTやCotomo、LOVOTのような技術が実践しているテクニックを今作では惜しみなく使っています。前にChatGPTを擬人化させて楽しむやり方があったと思いますが、この作品ではhIE側からそれを働きかけてくるし、その原理が「人間が良いと思っていることをする」というので、無意識に働きかけるアクションであり、非常に信頼を得やすい。
愛情を持たせるという意味では、「ラポール」の概念が近いかも。
文章はロジックがはっきりしており、ラブコメとハードSFの棲み分けが明白です。平山夢明の『ダイナー』では、ゴアに人間が死ぬシーンと「この辺は半分ギャグだな」というシーンが計算づくで配分されており、かなり読みやすいのですが、『BEATLESS』においても同様の読みやすさがあります。
~~~~~ここからラブコメ空間~~~~~~~
PMCの戦闘やテロリストによるビル襲撃、hIEパンデミックなどのシビアな状況が出現する一方、アラトの妹であるユカが出てくると、途端にシチュが甘くなる。「朝から発情しすぎー」「ユカちゃんは、ビッチかわいいよ」「お兄ちゃんならチョロいからデレッデレですー」の台詞が(マジで)飛び交う。ASMRかな? ってくらい読むのが楽になるので、シリアスさに慣れていた読者にはこのドロドロさがやみつきになる。
そしてリョウの妹である紫織(徳川莉々に似ている)はアラトに惚れてますし、ケンゴの妹のオーリガ(日本人とロシア人のハーフ)はなんか花海佑芽と葛城リーリヤをミックスした感じだし、レイシアもアンドロイドなのに風呂に誘ったり甘えさせて来たりして執拗にアラトと恋愛を試みるので、妹ズが登場すると途端にシチュがギャルゲーになる。実際に中国ではBEATLESSのソシャゲが制作されています。
また、〈レイシア〉級hIEとして、紅霞やマリアージュ、メトーデ、スノウドロップなどが出てきますが、別のレイシア級とは戦うのに大抵はアラトに対応が甘いし、紅霞も関係のあるケンゴに対して「おもしれー男」扱いしているので、もうみんな全員ドルフロのキャラクターで再生されます。俺はエクシリウム! されてしまったのか!? クルカイはいつ実装されるんですか!!!!????? ミカ!!!!!!!!!
~~~~~ここまでラブコメ空間~~~~~~~
終盤、リョウとスーパーコンピューターである《ヒギンス》との対話が面白い。袋小路に追い詰められたリョウが一発逆転の手段として《ヒギンス》との対話を試みるのですが、様々なロジックを用いて人間より優位に立とうとする《ヒギンス》の議論が、目まぐるしく優位が入れ替わる主人と奴隷の議論でもあり、スリルがあります。
機械をコントロールするための対話に留まらず、会社であるミームフレーム、その外側にある世界の盤面を計算しながら議論しなければならないプレッシャー。
そしてまた終盤、レイシアが人間の魂について話すところがメチャクチャテンションが上がりました。こういう、宇宙人や機械といった第三者的な存在が、人間の心や魂について明白にできないながらも自分の言葉で語ろうとするくだりが大好物なんですよ!
舞台は東京がメインですが、名古屋地方にリニア新幹線で行くくだりも良い。社会レベルを推測する上で勉強になります。エンタテイメントとハードSFの二種類のジャンルを楽しめる良い本でした。
更にハードSFというか、介護や義足など、人間の尊厳に挑戦していく本を求める方はこちらもどうぞ。第54回星雲賞日本長編部門を受賞しています。
少年向けや宇宙バトルが好みの方はこちらを。宇宙での擬似戦争がテーマとなっており、少年がロボットに乗って戦います!
作者の方が制作した、BEATLESSなどの世界観をフリー素材にしたサイトです。希望する人は、この世界観と設定を用いて作品を作ることができます。
マイ・リトル・ヒーロー
冲方丁『マイ・リトル・ヒーロー』文藝春秋、2023
事故で重体に陥った息子がゲームの世界に閉じ込められた。救う方法は世界一位になること。父親は慣れないゲーム機片手に、息子と協力してトップチームを目指す。
題材がゲームなのですが、最終決戦の地としてシンガポールで開催されるトップランカーたちによるゲーム大会があります。
折しも私も大会を扱った小説を書いているので、資料としても良さそうだと思って購入しました。
主人公が参加するプレイヤー側なので、資料としてブルズアイ! というわけではないのですが、ちょっと大会運営の裏側を見られて勉強になりました。
内容です。
ゲーム物自体はたまに見るんですが、今作のテーマが「一般人が初心者の状態からゲームを始めて、チームを組んでeスポーツに参加して、あまつさえトッププレイヤーを目指していく」という題材に度肝を抜かれます。なかなか見ません!
プレイする作品は『ゲート・オブ・レジェンズ』という、フォートナイトPUBGやAPEXみたいなゲームですが、ゲーム内世界に対して非常に解像度が高く、アクション性も強い(ただ私はゲームやってないので、アイテムやマップが実在のものとは違うかも)。ゲーム内の戦術もよく練られており、「これなら確かに初心者でもそれなりの域に達しそうだな」と思わせるものがあります。
プレイするのは一般人ですが、ゲーム内で強盗ごっこをしたり、ハードなドライビングテクニックを駆使したりと、エンタメとして映える。
主人公の暢光は金持ちのボンボンだったものの、事業の失敗のせいでいまは出前を運ぶアルバイト生活。序盤も詐欺にあって大金を失った場面から始まります。暢光はゲームの世界で猛特訓を繰り返しつつ、現実世界では妻や義母と議論したり、息子である凛一郎が意識不明なので、苦境に陥っています。
家族ドラマも良いですが、特筆すべきはゲーム性の高さ。
フォートナイトPUBGみたいな世界観のゲームですが、百人単位でのバトルロイヤルが森・街・山などで展開され、マップ内でお互いにアイテムを奪い合いながらバトルをするので、必然的に市街戦から山岳戦まで目白押しとなります。プレイヤーがモタモタしているとミスト(プレイヤーたちを追い込むための霧)に呑み込まれてゲームオーバーになるため、プレイもサクサクしたものとなります。
この辺はまさにゲームを題材にした作品ならではであり、協力しての殴り合いや撃ち合いに華がある。それでいて家族の絆を前面に押し出した作品なので、ゴア表現は一切なく、ティーンが読んでも十分に楽しめます。
題材も「ゲームをプレイする一般人たち」に焦点が当てられているので、主人公の他に息子、妻、娘、義母、弁護士の先生、医者、更に知り合い……などと、様々な人達とマルチプレイを行っていきます。
そんな人たちはもちろん初心者ですが、それなりのプレイヤーにさせるために、練習プランを練ったりトレーニングマップで特訓を重ねたりと、eスポーツならではの練習風景も出てきます。戦争とか紛争に行くわけではなく、あくまでeスポーツとしてプレイするわけなので、ゲーム内では強めにアクションさせて、エンタテイメントに仕上げることに成功しています。おそらく現実世界で同じことをしようとしたら、かなりグダグダになる。
同じ人物が何人も出るのにチャキチャキ動かすのに成功している傑作
主人公たちは世界一位になるためにチームで猛特訓を繰り返すのですが、VALORANTやスプラトゥーン、オーバーウォッチのような多人数チームプレイを行うため、細密な計画を立てていきます。マリオット盲点を使った練習法や、プレイ前にラジオ体操で体を慣らしましょう、という練習風景も。
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/698318.html
今回は出てこなかったものの、なんか思い出した、PCに取り付けることにより、PROのプレイと自分のプレイを比較できるアイトラッキングセンサーです。2015年に発売されてますが、いまどうなっているのかしら。
クライマックスの一騎打ちはかなり魅せてくれます。『マルドゥック・アノニマス』や『アクティベイター』を書かれた作者だけあり、戦闘の筆致が冴えわたります。
もともとは雑誌で『マイ・リトル・ジェダイ』というタイトルで連載されていました。息子の凛一郎の光り輝く様子や、師匠兼ラスボス枠のマシューがゲーム内のアバターで白い服を着ているので、自然とヨーダと重なってきて「エモい……!」と思いました。
Twitchを思い浮かべながら読むと、視聴者になったようで臨場感が倍増します。
大統領失踪
ビル・クリントン、ジェイムズ・パタースン『大統領失踪』早川書房、2018
ダンカン大統領は自分がホワイトハウスから消える決断を下した。自身の健康問題、弾劾決議案、サウジアラビアを含む各国の緊張、テロ組織。暗殺者がホワイトハウス周辺にやってきつつある中、大統領は失踪した。
クリントン元大統領が執筆した小説であり、ホワイトハウスにはかなりの情報量があります。緊張感のある官僚同士のやりとりや弾劾案への対策、常に揺れ動く国家たち。ディテールがとにかく強く、一般人ではとても立ち入れないホワイトハウスの内幕をよく知っている印象。
とはいえ、民主党や共和党などの政治に関する専門知識はほとんど要求されません。あくまでも映画のようにストーリーが進んでいくし、政党に関しては「我が党」「対立党」ぐらいしか出てこない。なので現実では大統領が交代していも読めます。
ちなみに日本の扱いはというと、「日本海で演習を行ったら北朝鮮が弾道ミサイルを発射した」ぐらいしか出てこないので、ちょっと残念。しかし日本の首相とチャキチャキ首脳会談したり、首相がやってきて「我が国も協力します。この秘書をニンジャとして用いてください」とか言い切ったらジャンルが変わるかもしれない……
終盤に大統領が演説するくだりがありますが、こちらはまさにアメリカが理想とする姿をイメージしました。保守的、あるいは革新的なアメリカ人でも、おおよそ理想としているイメージを描くことに成功してるのでは、という文章。とはいえ物語の締めくくりが演説というのは、大統領が主役の小説ならでは。
途中でバディ役というか、マリオ&ルイージの間柄としてイスラエルの首相(女性です)が登場するのですが、彼女は「あなたならできるわ!」と大統領を大変フォローしており、ちょっと盛りすぎな印象があるかも。
また大統領も人間であるせいで、途中で心が折れます。テロ集団に先を越されたことに気づいてがっくり来るシーンがお気に入り。結局大統領はリカバリーできるのですが……
ひたすらに大統領の仕事は重大で、それに付随する個人の責任も重い……という話なのですが、やはりダンカンにはカリスマ性もあるので、部下が自然とついてくる。そういう点では理想形としてのリーダーを描いた小説かもしれません。
良いエンタメ小説でした。
ちなみに私が書いた似た感じの小説として、『トライアド・アサシン』を書きました。人間を三体のドローンに分割して敵地に送り込み、ステルスアクションしていく作品です。
今回はhIE、ゲーム、アメリカと、大きなシステムに向き合う人々の話をメインに取り上げました。SFから現代小説、海外小説と続きましたが、やはり国境が違っても人々はそれほど変わらない。
次回からは逆噴射ピックアップも仕上げていきたいです。
《終わり》