がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

今朝のあさぺーぱー









シャワー







 これは、私が入院していたときの話。

 私の病気がまだそれほど深刻にはなっていなくて、外を出歩くことさえできた時の話です。





 その頃の私は、他の患者さんと一緒の病室で治療を続けていました。

 後に日々を過ごした、個人病棟とか集中治療室とかに比べればずっと幸せだったはずなのに、私の心の中は不満でいっぱいでした。

 他の子はみんな今頃学校に通っているのに、どうして私だけここでじっとしていなければならないのか。

 みんなにとって当たり前の自由が、どうして私には与えられなかったのか。

 そんな不満を、毎日お姉ちゃんにぶつけていました。

 普段のお姉ちゃんならこんな話は受け流していたのかも知れません。でも、流石に実の妹の話にそうするわけにもいかず、随分困っていたのだと思います。

「ごめんね。あたしには本当の意味であなたを理解してあげられないのかもしれない」

「そうだよ。お姉ちゃんには私の気持ちなんかわかりっこないんだからっ」

 そうやって拗ねてみせると、必ずお姉ちゃんは物凄く辛そうな顔を見せた後で、アイスクリームを私にくれるのです。

 そうして少しの罪悪感と共にアイスクリームを味わうのが、代わり映えのしない病院の中で私の感じることのできた、ちょっとした刺激でした。



 そんなある日、夕方になってもお姉ちゃんがこなかった日がありました。

 まるでその代わりのように、隣のベットに私と同世代くらいの女性がやってきたのです。

 長髪の、美しい女性でした。

「走っていたら突然痛くなっちゃって、検査を受けたら軽い捻挫だというから、明日にはここを出られるよ」

 と彼女は言いました。

 その言葉に、私は少しだけ嫉妬を覚えましたが、直接非難を言うことも出来ずに、代わりにお姉ちゃんの悪口を言うことにしました。

「――だから、何にも分かってないんです。今日だって来てくれないし」

「うーん、ね、外に行こうか」

 私は、どうせ一日だけの関係なのだから名前はお互いに名乗らないほうが良いと言っていました。

 彼女も同意してくれて、お互いに名前も知りません。

 なのにこんな発言をする目の前の女性が、酷く子供っぽく思えました。

「だって、外は雨ですよ」

「雨でも、楽しいことはあるかもしれないよ」

 そういって無理に私を連れ出そうとする彼女。

 この人、変に強情だな。それに本当は規則違反なんだけど、まあいっか。

 そんな軽い気持ちで、私は結局彼女について行くことにしました。





 えっ。たったそれだけかって?

 ええ、確かに私とその女性は外に出て、シャワーのように降る雨を浴びていただけでした。

 あとで看護婦さんに怒られて、お互いにぺろっと舌を出し合って、それから彼女に会うことはありませんでした。

 でも、そのときの雨がとても気持ちよかったことは、今でも覚えています。








(おしまい)








◇今日の一言◇

宮部みゆきさんの小説は面白かったです。……最初からこういう形にしていればネタに困らなかったのに。