がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

十の罪業 BLACK(エド・マクベイン編 ジェフリー・ディーヴァー、スティーヴン・キング他)

 広義のミステリを書くこと以外にはまるで制約を設けず、まさしく人々の逸脱=罪業を具象化した豪華アンソロジー。ちなみに私はキングが目当てで購入しました。

 主人公は統計学を学び、数学者としての頭脳を持った警察官。彼はある老夫婦の心中事件に疑問を持ち、統計や数学の知識と警官としての本能を頼りに追求を始める。
 なんだかこう書くとSFもどきの公式諸々が乱れ飛ぶように思えますが、割と統計や数学の知識は基礎的なものに終始しており、あくまでサスペンスミステリとして楽しめます。謎が謎を呼ぶ展開、主人公をバカにしつつも行動を共にするうちに慣れ親しんでいくマッチョ刑事、ラストのどんでん返し、ある種テンプレっぽい気もしますがとは言えそれは王道に通じます。
 しかし向こうって二百ページぐらい紙数使っても中編扱いされるんだ…………

 キングが語る9・11秘話、というよりもそれをテーマにした短編です。
 何か言うよりまず短い。他はだいたい150から200ページぐらい用意してあるんですが、この作品は僅か60ページほどです。明らかに物足りない。
 とは言え実際にアメリカで発生したテロ事件を題材にしたもののため、あまり好き勝手に書くのが難しかったのではないかと思います。まあそれでもじーん来るシーンや描写があったのはさすがキングと言ったところ。予定調和どころでなく「俺たちの戦いはこれからだ!」的なエンドだったのはちょい残念ですが。
 ちなみにこの作品は、2008年にアメリカで発売されたキング短編集『Just After Sunset』に掲載されたそうです。ショック。

 少女誘拐事件の顛末を、犯人、被害者の家族、犯人に仕立て上げられた男など各人が語る話。
 文章がぎこちないです。びっこを引きながら歩いているみたいにリズムがおかしく、文字列を追うのになかなか苦労します。犯人が少女に抱いた愛情は考察してみるのも面白いのですが、文章の凹凸に慣れ親しむのが厄介なのが難点です。というかこれおかしいのは翻訳か?
 また無駄に厚い。もうちょい削れたんじゃないでしょうか。

  • ウォルター・モズリィ『アーチボルド――線上を歩く者』

 大学でジャーナリズムを専攻する青年フィリックスが、ある企業の代書人に応募したところから彼を巻き込み始める不可思議な事件。その渦中にいるのは巨漢の黒人アナーキスト
 個人的に今作最大の掘り出し物でした。文章の読みやすさやジョーク(ブラックなものもありますが)が上手というものもありますが、フィリックスを導くアナーキスト、アーチボルドの人柄にぐぐっと引き込まれます。年中反抗期みたいな性格をしているけど徐々にアーチボルドに惹かれていくフィリックスの性格も素敵です(若干アーチボルドの青年に対する姿勢がご都合主義的なようにも思えますが、あまり気にしないことにしましょう)。
 若干登場人物が多くて人間関係を整理するのに苦労しますが、流れるような物語を読み進めるうちに自然と収束していきます。

  • アン・ペリー『人質』

 休暇にやってきたアイルランド強硬派の指導者家族、そこに現れた武装テロリストは指導者である父親を脅迫、事態は不穏な空気を纏いながら止めようのない津波のように進んでいく。
 『抑制の効いた筆』によって描かれている作品とありますが、まさしくその通りでありかなり文章が硬いです。個人的にはもう少しはっちゃけても良かったんじゃないかというぐらい硬い、ストーリーも王道。しかし父と息子から疎外されつつも己の姿勢を貫こうとする妻、既に自分の思想に取り込まれて抜け出せなくなっている父の人物像は味わい深いものでした。息子はなんとなく単なる反抗期っぽい気がするので除外。
 テロリストはある意味テンプレ的というか、お前らちゃんと事前に打ち合わせしてろよ! という人たちでした。


 個人的にこの本の順位を決めてみると、
 ジョイス・キャロル・オーツ<アン・ベリー<ジェフリー・ディーヴァー<ウォルター・モズリィ=スティーヴン・キング
 でした。もうキングは個人的に神格補正が掛かっていてよっぽど螺子の外れた作品でない限り高評価になってしまいます。なんてことだ。


十の罪業 BLACK (創元推理文庫)

十の罪業 BLACK (創元推理文庫)