:ある朝、気がかりな夢から覚めたグレーゴル・ザムザは自分が巨大な一匹の虫になっていることを発見した。そうした文章からはじまる、変身したグレーゴルの虫としての日々。
カフカ自身によって『不完全』と言われたこの小説は、僅か百ページ前後のものでありながら、そこに込められた感情が、生活自体が這い出てきます。虫への変身から始まるグレーゴルの灰のような日常は、変身直後の爆発的な衝撃の後で、さながら後日談の如く、泥のように流れていきます。次第にグレーゴルの知覚は虫のそれに閉じ込められるようになっていき、縮こまり、人間としての思考を忘れ去っていきます――あたかも、虫に閉じ込められた人間ではなく、それはたまたま人間の中に閉じ込められていた虫であり、今やっと元に戻ったとでもいうように。彼の家族に降りかかる不条理な生活と共に、それらが発酵する雰囲気とは、無意味で無力であるいは無為。
ただ、彼の家族は変わりゆくグレーゴルと同様に、その生活に何かしらの意味を求めようと、自分たちの生をどうにかして確立させようと、彼ら自身のごく小さな戦いを、葛藤を、擦り減りを経ていきます。グレーゴル、家族らの、それぞれにとっての決死の行動はしかしどうしても緩やかで、底に流れるものはひどく小さく、だからこそより引き立つ部分があるのかもしれません。
ところでグレーゴルは最後に死にますが、遺骸はどうなったのでしょうか?
- 作者: フランツ・カフカ,Franz Kafka,高橋義孝
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1952/07/28
- メディア: 文庫
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