がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

トルーマン・カポーティ『冷血』新潮文庫、2006

:一九五九年、アメリカのカンザス州で起きた一家惨殺事件、それを取材し、まとめた本。

 ばっさりと書いてしまうとこれくらいの文章しか残りませんが、カポーティは『徹底的』な取材の上で、この惨殺事件を描いています。殺された一家がどんな人たちだったのか、住んでいたところ、近所の人たち、親戚、犯人たち、犯人らの家族や友人、捜査機関や裁判所で勤める人々に至るまで。そして犯人らが犯行を思い立ち、実行し、後に逮捕され、絞首刑に処せられるまで(隠語で絞首台は”コーナー”と呼ばれ、具体的な描写も挟まれます)。事件によって何が変わり、何が捨てられ、何が新しくやってきたのか、彼らの心理に何が去来するようになったのか、ノンフィクションでありながら、そこに到来するものはフィクション並みであり、まさに情緒の描写を行えるまでに掘り尽くされた小説に近いものとなっています。

 本書の前半までは主に生存していたクラッター一家に筆があてられ、後半からは犯人であるペリー、ディックに筆が近づき、紙面が割かれます(書かれたページの比率が違うのは、殺人被害者と加害者では、だいたいにおいて加害者の方が長生きすることも関係しているかもしれません)。特に犯人の一人であるペリーが悪辣な家庭に生まれ育ち、壊滅的な青春を送り、その精神がどう変化していったのか、彼の思想がどう変化していったかを、手紙や彼自身の供述から用い、精神分析の結果に至るまで書き記しています。裏表に近い存在として、ペリーとカポーティ自身を位置づけることもできるでしょう。ただ、のめり込み過ぎることを控えるため、あくまでも描写は客観的になるよう慎重になってはいますが。

 その世界観はあまりに完璧すぎて、私にはやや冗長といえる部分がありました。きっと多分、日常に纏わる些細でどうでもいい出来事(トイレ掃除とか、車のタイヤを替えるとか、キーボードについた埃をちまちま掃除するとか、そういうった必要だけど煩わしい事)をも感じさせるために、事件から生じる『世界』をカポーティが配置したのでしょう。そう考えれば本書はまさに一つの分野の完成形、隙間なく埋め尽くした領域と言えるかもしれません。

 精緻で、完璧に、創り上げられた灰色の世界。表紙の荒涼とした空を含め、本書は冷たくそこに在ります。

冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)