最初に紹介させて頂いたのは、上海沢蟹さんのSS「青に溶けてゆく、わたし」となりました。上海さん、ありがとうございます。
このSSの紹介では敢えて「トップクラス」という単語を使っていますが、本当は名雪の内面を抉(えぐ)ったSSの中ではトップだと思っています(紹介文については事前に本人の了解を得ているため、あまり過激に書けなかったというだけです)。名雪好きの方には是非読んで欲しいSSです。
貧乏くじ
こんな時期に珍しく雪が降ったせいか、香里と二人だけで百花屋へ行くことになった。
食事を終えると、彼女は急に楽しそうなそぶりで身を乗り出してきた。目をいつもよりも細めて、秘やかな笑みを浮かべる。
「ねえ相沢君、今回は奢ってくれないかしら?」
「急にどうしたんだ?」
「何となく、よ」
「何となく、ね……」
否定の意味も込め、彼女から視線を外して窓の向こうを眺める。相変わらず真っ白なかけらが螺旋を描いて、モノクロの世界の中を舞っていた。
「栞や名雪にはいつもそうしているじゃない」
「奢ってもらって素直に喜んでくれるのは可愛いと思うが、普通は引け目を感じるものだろ。少なくとも俺は、香里が普通だと思っている」
「ふうん……」
香里は小さく息を吐くと、テーブルの上の伝票をぴっと取り上げた。遠ざかるコーヒーの薫りに、店内の暖かな空気がふんわりとかき混ぜられるのを感じる。
「じゃあ、今回はあたしの奢り」
俺が黙ったままでいると、彼女の笑顔がいつものように屈託の無いものに変わった。
「何よ、素直に喜びなさいって」
からかうような調子で言い残し、すたすたと会計に向かう香里のそんなところが可愛いと思ったが、もちろん口には出さないでおく。