がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

空の中(投稿者:雪蛙さん)

とりあえず何から書いたものか。とにかくすごかった。もうぐいぐいと引き込まれるの。というか雪蛙の浅い読み歴が却って良かったらしく全く先が読めない。
「浅い読み歴」とはこの場合「未確認生物」が出てきてその種との「接触」を取り扱うお話ですね。思い出せるのでは「遠い海から来たCOO」くらいでしょう。
初っ端からもう置いてきぼりなわけですよ。別に展開が破綻してるわけではないのです。どことなく駆け足っぽい気がしなくもないですが全然常識的で、よく見る範囲内で。では何が悪いのか?結論:「COO」と比べちゃいかんわ、この作品を。
比較対象がないから仕方がないのですが全然根っこが違いました。「COO」はあくまで恐竜を拾った少年が周りにそのことを秘密にしながら育て、でも結局一部ばれて国なんて大きなものを相手にする。ただしその国も所詮はフランス一国なわけです。描くのも新たな家族を迎えた日常、恐竜の様子。観察的なわけです。
この「空の中」は明らかに違って、世界が開けてるんですよ。一緒に拾った佳江はともかく近所に住む宮じいや佳江の両親にもあっさり存在をバラします。この辺で迷いや葛藤がないので時間の軸が飛んでるように感じます。まあ生物の存在は世界規模であっという間に知れ渡ってしまうわけですが。にも関わらず常にシーンが日本に留め続ける理由付けと描写。それが未確認生物の生態紹介に一役買うわけですよ。
なわけでとりまく環境もがらりと変わります。最初に地の文でバシンバシンと読者に叩きつけた後その衝撃の収まらないうちにその環境の中で動く人々を丁寧に描く。丁寧すぎて最初の瞬君の心の変移は混乱、というか元と照らし合わせると気持ち悪くすらあります。未確認生物から毒電波でも出ているのか?とかそんなありえない仮説が頭をよぎるほど。まあ結論は当たらずも遠からず。
この未確認生物に「フェイク」と名づけたのは痛烈でブラックな皮肉だと言わざるを得ない。創り手としてセンスを絶賛したい、でも微苦笑になることも否めない。
なんていうかすごい精緻な気がするの。あるいは無駄がない?先ほど言った「時間軸が飛ぶ」にも関わらず最低限な屋台骨で見せられちゃうというか。他に問うべき(読むべき)場所がありそうだけど気付く前にさくさく次へ行っちゃって止まらなくなって。中盤にかかるともう怒涛。講義中に読んでましたが筆記用具片付けて完璧に読み体勢入りましたからねっ(最前列で)。しかも顔のニヤケを隠そうともせずにねっ(最前列で!)。
閑話休題
この作品の最大の特長は未確認生物、【白鯨】とのやり取りでしょう。もう本当に、見てきたのかっていうくらい細かく、人外の生物を、こと細かに、描写してるの。明日同じ生物が現れたらこの本手引きに使ってコミュニケーション図れるって断言しますよ。いや間違いなく。全然違う思考、知能を持つ【白鯨】とのやり取りを何度も何度も重ねて、それを噛み砕きながら読者に【白鯨】という生き物に対する造詣を深めさせる。このやり取りがもう秀逸。果ては心理学がどうのって話に発展するのに全然止まらないの。
で、知能は高いけど集団概念を持たない【白鯨】と粘り強く交渉する人たちの懸命さ、苦悩がもうありありと描かれる。直接的に交渉する描写の一番多い春名の疲労困憊のシーンは特に顕著に顕れていて、というかこの人一技術者でしかないのに話術巧みすぎ。知識豊富すぎ。飲み込み早すぎ。ネゴシエーターになるべきとか思ったのは雪蛙だけではあるまい。
一方瞬の方はというと、これが微妙にダーク思考。初っ端の違和感に戸惑いつつ読み進めるとさらに思考がウルトラCに展開。本来止めるべきポジションにいる佳江まで日和るものだから転げ落ちるようにこの子サイドは話が暗い。というか思考が痛々しい。
雪蛙的に主役を張るのは瞬と春名だと思ってるわけですが、それはまあキャスト紹介したときに一番上にくるのがそうか?て思う程度の瑣末事。ぽろぽろと言いましたがどのキャラが欠けてもこんな話にはならない。要らないキャラがいないのはある意味当たり前かもしれませんがとにかく過不足なく誰もが自分の役割を果たすんですよ。
間違った道を間違っていると認識しながら、引き返せないと言い聞かせて追い立てるように道を行く瞬。
過ちを見過ごしてしまい離れていく瞬を止めることができず、それでも待つことを良しとはしない佳江。
ただ経験を自然と道理として受け入れ、自覚のない自信で錯綜する状況にもただそこにいる宮じい。
飄々と流されるようでしかし確固として意思を発し、でもある種一人のために「走り続ける」春名。
男らしい言動と意表をつかれて思わず見せる表情のギャップが実にツボな(w)光稀。
あまり表立って目立つこともないけど豊富な知識で要所要所でピリっと味を出す佐久間。
父親を失い母親に罵られ目的達成のため全てを利用しようと立ち回る真帆。
何より、種としての成り立ちに伴うアイデンティティを太古から有す【白鯨】ことディックと拾われてある意味【白鯨】である自己を喪失し瞬に盲従するフェイク。この未知の生物の生態が大きく物語の魅力を引き出している。
とりあえずあれだ、春名と光稀の二人は学生幼馴染、瞬&佳江をぶっちぎって純情学生っぽい話展開しすぎだ。というか光稀かわいすぎ(核爆)。
とりあえず名脇役に宮じいを挙げておこう。この人、「知らない人間は仁淀のモグリ」と言われるほど有名らしいけど、これで全国規模だ(違)。

うーん思いつくまま書き連ねるつもりだったのですが、無理。なんかあっという間に消えていった、というか消化されたというか、書くことが浮かばない。「面白い」「買え」「読め」しか出てこない(えー)。
ただ感動した。しかも久しぶりの衝動。胸が熱くなるのを感じた。文庫本サイズの、電撃とか読んでた時とは質が違うの。ずっっと、忘れていたことを思い出した。多分ここ一年くらいはこの感動に出会えてなかった。こんな感動があったこと、本当に忘れてた。この感動が欲しくて本を取りページを繰り文章を読み単語を拾い文字を追っていたことを思い出した。忘れてたから断言できないけど、ウィザーズブレインの一巻以来くらいかな?あるいはもっと前、もう記憶にない、本を読んだとき以来。それぐらいの感動。アホみたいに繰り返して言ってるけど「気付いた」あるいは「初めて知った」レベルで思い出したことだから。本当に感動してるの。
感動に値段はつけたくないけど本書は1680円(税込み)なわけで、これけして高くないよ?値段やハードカバーってところに惑わされずに読んでみて欲しい。一万円でも惜しくないと思ってるから(それは読んで初めて思えることで実際にその値段なら買わないでしょうが)。