がらくたマガジン

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スティーヴン・キング(白石朗)『アンダー・ザ・ドーム』文藝春愁、2011

:突如として発生した〈ドーム〉は、町を全てから分けた。外界との出入り。大いなる神々。アメリカ合衆国。そして秩序から。


 十月二十一日の朝、メイン州にあるチェスターズミルという町を区切るように障壁が発生する。冠された名は〈ドーム〉。くぐり抜け、あるいは破壊しようとするあらゆる努力を無駄の一語で排する〈ドーム〉。登場人物は外界より少数が、そして町に住む全ての人々(但し凝縮する形で、およそ数十名の登場となる)。閉鎖による死傷を伴う混乱に乗じて町を牛耳ろうとするビッグ・ジム・レニー、レストランの元コックであり、かつてイラクでの従軍経験があるバービー、医師助手のラスティ、町唯一の新聞社に勤めるジュリア等等等。陰謀と邪悪、偽善と憎悪、純愛と無垢、天恵と実直、狂気と死後。あらゆる感情を搭載した全長1400ページの物語型要塞は始動する。


 べらぼうに分厚い小説でした。ある日、町を外界から分離してしまう〈ドーム〉が出現し、そこで右往左往する町の人々。そのほぼ全てを描ききった群像劇は、七色の虹にも百色の大絵画にも捉えられそうです。特筆すべきは、積み重ねると煉瓦の如き大きさになる話の内部で、起こる全てに意味が置かれていることでしょうか。これほどの大きさ(詳しくは実物を手にとって頂きたく思います……上下巻を積まれれば、よりわかりやすいのです)に関わらず、無駄がない。


 幾つかの小爆発を経て、やがてラストの大爆発へと導かれていくその形式は実にキングらしくもありますが、その事件・人情の機微や経過は厳しく管理されており、手綱が丁寧に巻かれた巨獣を連想させます。ある種のスーパーコンボのようでもあり、エリアルコンボのようでもあります。〈ドーム〉という代物の特性を最大限に活かしきった(邪悪な意味でも、素晴らしい意味においても)話の進め方には、脱帽どころか脱首にまで至ってしまいそうです。失礼しました。


『セル』や『リーシーの物語』では若干ええー……となった方もおられるかもしれませんが、この小説はそうした不都合もなく、エンタメを好まれるなら十二分に楽しめるのではないかと思います。パニックや群像の度合いは『ザ・スタンド』の不可避の病原菌蔓延に劣らず、心の深みは『IT』よりも整理され、歪みは散見されません。


 この作品は一口で言うなら、上から下まで丁寧に彩色された(色彩の想像は読者にお任せ)ド巨大なケーキでしょうか。デコレーションは町の人々、スポンジは誰にも歯が立たない〈ドーム〉と周囲を取り巻く無力な人類、イチゴやチョコやは感情の総合体、そして記念すべきはケーキを断ち切った瞬間でしょうか。分かたれたケーキと崩れ落ちる飾りなどは見ていて圧巻です。ちなみに食用ケーキでなく、破壊用ケーキです。


 人物としてのお気に入りは元軍人のバービーや、悪辣を地で行くビッグ・ジムなど様々ですが、一番は町政委員長のアンディ・サンダーズさんです。その変遷ぶりはなんとなく波風が立つ気もしますが、空虚になった男がどのようにねじ曲がって行くのか、実演として眺めるのは好ましいことでありました。彼は作中怒りや叫びを表さず、ただグスグスと弱った熊のように動きまわるだけですが、心情の移り変わりは何かの比喩を含んでいるようでもあり、面白かったです。


 また、ワーナー・ブラザースで映像化も予定されているとのことです。終末のかぼちゃ大王がどのように表現されるのかが楽しみです。


 何はともかく、一度読んでみてください、ということで。

アンダー・ザ・ドーム 上

アンダー・ザ・ドーム 上

アンダー・ザ・ドーム 下

アンダー・ザ・ドーム 下