がらくたマガジン

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神林長平『グッドラック 戦闘妖精・雪風』ハヤカワ文庫、2001

:相克の激化は戦争の没入にも似て、人と機械の疎通は未見域へと突入する。


 物語は前作の総括とも言える一通の手紙と、雪風より射出された深井零中尉の目より始まる。その瞬間、その時刻より開始された多群的な物語は重厚な展開を見せつつも、あたかも人物行動のログを残すが如く叙述的。変化していく状況の中で語られる思索と思弁は、生物自体に対する未知世界へと開けていき、戦域もまた新たな局面を見せていく。


 旧作の『戦闘妖精・雪風』を読んだ上で今作を見てみると、まずカバーから雪風自体の進化を目で確認することができます。二十年は人や事物を変えますが、こうした面でも十分に変わりうるのか、という感慨が湧きます。


 本作はとにかく突き当てるように、これでもかと機械と人間に対する思弁を書き綴った作品のように思えました。前作は戦闘機同士の高速格闘戦に一体化させられているような、劇的な作品でもありました。しかし今回はがらりと趣が変わり、登場人物たち――深井零や雪風(彼の者を機械と呼ぶには、範囲が広がり過ぎているように思えるのです)、ジェイムズ・ブッカー少佐やその他の人物らがあらゆる手を尽くして思考を行い、苦悩し、そして行動していくのです。主題である『機械と人間』というテーマを、思索を踏まえた戦闘シーンを混ぜつつ語りつつある(未だ終わりを見せません)ので、まさに自律攻撃する論文を読んでいる気分になることもあります。ただただ硬質な文体を用いて、選定し、採掘し、加工し、研磨し、そして体験させるその文章を見ていると、脳内に超硬質超高層の建築物が形成されてしまうようです。やたら今回漢字が多いのはその影響かもしれません。


 搭載量六百三十八頁の初見殺しな長大続編。それは主人公たちの思考を丹念に追ってはいますが、とは言え思考のみに閉じこもった作品にはならず、娯楽・熱狂を含んだ戦闘場面もきちんと割り当てられています。
『グッドラック』において最も魅力的な造形に思えたのは、異性体であるジャムでした。二つの本を通じてある程度明らかになったこの生命体ですが、未だに目的や行動原意は幽玄とした濃霧に包まれて判然としません。どこまで脅威であるのか、そもそも脅威ではないのか。危険度の幅が広がっては縮まり、分断され、繋がれ、そうした主人公たちの思索とは裏腹に、超然として『敵』として存在する所には、まさに一切の思考など無駄であると嘯くようにすら思えます。次作からは立ち位置がどのように変わっていくのかも気になります。


 巨壁とした敵対存在に対して強く在ろうとする者、利用しようとする者、無視する者、追求する者、それらの要素をひっくるめて未だフェアリィ星は存在し、地球・世界も配置されています。登場人物たちの目から、紙やカバーを通した鳥瞰に至る度に、これは大きな物語だと実感させられます。巨大でありながら煉瓦の一片まで追求されている話。面白かった。


グッドラック―戦闘妖精・雪風 (ハヤカワ文庫JA)

グッドラック―戦闘妖精・雪風 (ハヤカワ文庫JA)