がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

エリオット・ヘスター『地獄の世界一周ツアー フライトアテンダント爆笑告白記』文春文庫、2009

:前作『機上の奇人たち』にて賞賛・顰蹙、あと海外に飛び出せる分の金を獲得できたトラベル・ライター(そう名刺に書いてあります)エリオット・ヘスターが、人員整理の折にそれまでの生活全てをポイし、世界一周ツアーへと旅立った! マルケサス諸島では牛の密猟を手伝わされ、プラハでは何の因果かサミュエル・ジャクソンになりきってしまい、島々や都市にて女装したゲイやストーカーに狙われる。ヒャッハーな人々に囲まれた著者の明日はどっちだ! こっちを向くな!


 面白さの概念では言い表しにくいエッセイです。面白い、では何かが異なる。とは言えつまらないわけではありません。前作のように、フライトアテンダントの裏側や(思った以上にファンキーでした)、飛行機内で行われるこちらの腹筋を毎秒ごとに蹴り飛ばしてくれるクレイジーハウス的な話は繰り広げられません。しかし世界中のちょっとアレな人々や、アレな動物や(あらゆる手段で著者を貶めにかかります)、アレな場所やアレな次元に関わっちゃった著者が苦労したり泣きそうになったり立ち往生したりする姿は……そう……とても……けったいなのです。奇妙。おかしい。意味わからん。しかしズルズルと読んでしまった。はじめてコーラとポカリとご飯を混ぜてみた人が、結果としてのおいしさを獲得するように(喩え話です)、インパクトしか見当たらないけれど、存外においしい。そんな気分です。不思議なこの作品は、おかしな人々やロケーションという材料を、サラっと通せるようなどうでもいいことまで丁寧に書いてくれる骨太的ライターセンテンスという調味料のおかげで、なかなかお目にかかれないカカオ400%的なドギツーイエッセイになっちゃってます。飲んだら色々なことが困難になって放心するレベル。


 しかしながら、この本はインパクトや笑いだけしかない代物でなく、美しい風景・素晴らしいロケーション・魅惑の建物についてもきちっと紹介されているのです――その周りにある人や動物がけったいなだけで。南米を通ってオセアニア方面に向かい、アジアではバンコクシンガポール、デリーで喧騒に巻き込まれ、寄り道したアフリカではラクダに苦しめられ、ラストに怒涛のヨーロッパ攻めを敢行し、かくして世界一周となりました。日本には立ち寄っていないようで残念。文章の中では様々な街並み、ビーチ、建物、ジャングル、教会、バー、切り立った崖、島々がやはり奔流の文章と共に描写されており、想像するに十分な材料を渡してくれます。そして不可思議な人々やトラベルから派生するトラブル(今韻を踏んだ?)の合間合間に登場する、そうした言葉を用いて示される風景は、心を洗わせてくれるのです。タージ・マハル。エチオピアの教会群、エストニアの鱒釣り、バリ島のティルタ・アユ。著者の魂から生れ出づる風景はこちらの心に結構ヒットします。


 著者は旅をこよなく愛しています。それはこの本の序文にも、エピローグにも、そしてエッセイ中のあちこちにも散見されます――そもそも好きでなかったら、どうして世界一周なんで思いつくでしょうか。バイオレンスベジタリアンによる精神的攻撃をきっかけに世界へ旅立つことにした著者は、これまでしたかったことを選択することにしました。最もやりたいことに取り組んだ果てとして上梓された本。その枠組みを意識して本を見てみると、不思議といろんなものが好意的に、多少火薬庫みたいな色合いと臭気であったとしても、なかなか楽しく見られます。だからこそ馬鹿道中は、笑える時には真の意味で楽しさを兼ね備え、悩む時は頭の中で悩みシナプスを発火させ、呆然とする時は『こいつらはトんだ存在に違いない』という目で見られるのです。単なるクレイジーバカでなく(勿論マジ者もいますが)、何かしら匂わせるものを感じ取らせる存在になるのです。この本は前作よりも広がり、違う意味で発展を見せたとも言えます。完全に頭がクルッた乗客や、トんだ奴らを捌き過ぎて若干ヘンになってきたパーサーらは登場しません。代わりにここにはちょっとした感動や苦悩や、疲れや落胆(ぶっちゃけこっちの方が多いです)があります。人間エリオット・ヘスターが世界と向きあった結果が、この本です。だから私はこの本を楽しめましたし、若干引いちゃったり、精神的に「ぅぅゎぅぅゎぅぅゎ」という時にもなりました。


 ちなみに私が一番笑ったのは、アルゼンチン編の『Futbolのクラブカラー』という項目です。最初の一段落で全てを説明しきっているのに、描写をすればするほどわけがわからなくなり、かつ理解しながらも面白くなっていく。勝手に迷宮に連れ込みつつも勝手に連れだしてしまう、著者の本が私は好みです。

地獄の世界一周ツアー―フライトアテンダント爆笑告白記 (文春文庫)

地獄の世界一周ツアー―フライトアテンダント爆笑告白記 (文春文庫)