がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

平山夢明『あむんぜん』レンザブロー(復)

いつのまにやら2014年です。あけましておめでとうございます。
今年も皆様方に大いなる福が訪れますように。
と言った所で本年もよろしくお願いします、そしてサイトの更新を増やしたい所存です……!


作品は集英社web小説、【みごろし】の短編から。

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【あむんぜん】
 古来より冒険というものには様々な模様がありました。未開拓の場所への冒険や、哲学という分野で行われた、精神世界に対する探求。ここ数百年は宇宙への冒険や人体内部への冒険、また深海への潜行も盛んで、最近の人類はけっこう進化してきました。その中でもこの冒険はとりわけ奇怪で、ビックリというよりも目が白黒して瞬きが止まらなくなるような種類の代物です。普通の下町物語をピザ生地にして、上に魔物の内臓を載せたような出来上がりなので、見た目にちょっとざわつきます。箸や調味料もきちんとついているので食べるのに困りませんが、小腸のような物に緑色の汁がべっとりついているので、臭いにむせそうになります。
 発端は無邪気さや純真さからでした。または程度の足りない無垢。主人公らは中学生で、なにぶん子どもがすることですから裏表はないのですが、だけどやっぱり子どもなので手加減もありませんし、極端な結果も引き起こします。ここで見られた現象はドラッグ使用比較や麻薬密輸の次元で危ないのですが、子どもらにはそれなりのロジックがあって、それなりの《善》を持って動くので一方的に責めることが困難です。
 しかし、こうした奇怪冒険を下地としながら、子どもたちはそれなりの日常や青春を過ごしました。いろいろなものが足りないし、どこかが裏返った生活でしたが、あむんぜん(少年のアダ名です)の身に起きたことから始まった繋がりは、なかなかの楽しみや盛り上げによって彼らの生活を彩りました。だんだんと汚くなったり、不潔になっていきましたが、とは言え彼らが過ごしたのは紛れもない素晴らしき日々だったのです。ここに恋愛はありませんが、一風変わった青春と呼んでも差し支えがないかもしれません。異常と普通の境目を軽々と子どもたちは飛び越し、それを反復しているのを見ていると、なんだか自分の脳内にあるはずの核がユラユラと揺れ始めてきて、あれこれって頑張れば俺も弄れるんじゃね? とフシギな感覚がしてくるのです。こうしたよくわからない思想は美なのか汚なのか、それとも混ぜすぎて分からなくなった別な概念なのか。
 個人的に、あむんぜんの身体に生じた発露を煎じ詰めた結果がどのような物になるのか気になりました。作品中では《ある結果》として語られましたが、話の進め方によっては別な結果や可能性があったように思われます。肌を擦る紙のように落ち着かなくさせる冒険は、そもそもが《絶対無理》な事から端を発した繋ぎ目でしたが、あれは他の常人にも生じることだったのか、あるいはあむんぜん本人だからこそ生じたのか。身体の裏側を探るように当てのない試みは、しかし大いなる可能性の総体としてポテンシャルを備えていたように感じられます。ですので、もうちょっと様々な試みをして、もっと予想のつかない、得体のしれない結果が出てきたのなら個人的にグッドマークだったように感じられます。
 難を言うとすれば、序盤や前半球で描かれた超自然の枠組みが、後半辺りからやや脱線してきているようになってきたのが惜しい点です。前半の方向性が続けばよかったのですが、どうもそれがやや曲がってしまったような印象があり、残念さがあります。各シーンごとに見ると銘器に盛りつけた活造りのように新鮮ですが、それらのつながりがやや頼りなさそうです。無理やり規格の違うパーツ同士を組み合わせたプラモデル、みたいなものでしょうか。


 ということで、サイトに載っている二つの短編の感想をお伝えしてきましたが、今後もこのデッドエンド小説が更新されるといいなあ! ということでわくわくしながら待ちたいと思います。次はちょっと違った方向性で更新できれば良いなあ、と思います。