今回はやや音調を変えまして、アジアに飛んでみました。白い装丁がフシギですが、中身は色彩豊かです。
全部で八作品の短篇集です。二作ずつに分けて感想を書きたいと思います。
『自動ピアノ』
:各地を周って演奏をするピアニストの僕は、ある時ピート・ジェノヴェーゼというピアニストを知る。その当初は彼の音楽哲学に賛同できなかった僕だが、ある時ピアノ製造会社パルティータに赴いた際、ジェノヴェーゼと直接知り合うことになる……
主人公である《僕》の情感の柔らかさに舌を巻きます。読み終わってから気づきましたが、この人の作品には翻訳のケレン味がなく、日本人の作家がこっそり覆面で書いたような印象を受けました。人で表してみるなら、夕暮れの大通りをパーカーを被りつつイヤホンで八十年代のジャズをぼんやり聞いているようなものですね。知っている作家だと伊坂幸太郎のようにも感じられますが、彼の作風に異国風の色彩をプラスアレンジしたもののようにも感じられます。
この作品については、ストーリー展開というよりも発想に感心しました。テーマあるいは思想からキャラクターや舞台が流れ出てきたようなイメージです。互いにこすれあっていた音楽についての情感(殆どは《僕》の一人相撲ですが)が、ピートとの出会いから幾らかを経て、だんだんと変化していきます。体験談とも伝記ともつかない、音楽を中心とした文章群とも呼べそうです。最後に主人公が気づいたことが短編の核になりうる代物ですが、この感覚は私自身があまり想像しなかったことなので、フウムと唸りました。《音》をまっすぐテーマにしたものですので、作品集の入りとしては最適。
『マニュアルジェネレーション』
:子どもの頃からマニュアル収集に余念がなかった僕は、朴チーフや他の社員と共に、小さな会社でマニュアルを作る仕事をしていた。『地球村プレイヤー』という一風変わった製品をデザインすることになった僕は、それをきっかけに様々な人や活動と出会うようになる。
熱心にマニュアルを収集し、そして分類する偏屈な主人公と、彼を取り巻く人々。彼らの行動は何か問題を抱えた者たちのそれではなく、自分たちがより良くなろうと行動するように見えてきます。マイナスをゼロに戻すのではなく、プラスをより増やそうと動く人々は建設的で、ネガティブな要素があまりありません。この本に共通して言えることですが、《嫉妬》や《悔恨》と言った負は鳴りを潜め、品の良い子どもが未来に向かって歩もうとする、カラッとした後味を残します。この短編は特別に音楽と関係がある……とは思いませんでしたが、文章と展開から受ける小気味良いテンポと、テンポが醸し出す不思議さ(ある種、これも音楽に似てるのかもしれませんね)によって奇妙にスラスラ目線が進んでいきます。マニュアルのように、普通の人は通りすぎてしまうような説明書にも、多くの見るべきもの・取り上げるべきものはあると囁く一品。何かしら底の心情を含んだ人々の会話や、少しずつ糸がほどけるように先につながっていくリズムが、文章を総体としながらも、どこか文章だけでは推し量れないものを思わせます。
- 作者: キム・ジュンヒョク,波田野節子,吉原育子
- 出版社/メーカー: クオン
- 発売日: 2011/11/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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