がらくたマガジン

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キム・ジュンヒョク『楽器たちの図書館』CUON、その二(復)

■[小説]キム・ジュンヒョク(波田野節子/吉原育子)『楽器たちの図書館』CUON、2011

全八作のうちの三〜四作目の感想です。
残り二回の予定です。


『ビニール狂時代』
:DJ研究学院に通う僕は、来週に控えた修了フェスティバルのためにDJコアラとアナログレコードを探しまわっていた。行きつけの【ビニール貯蔵庫】(レコードは材質がポリ塩化ビニールであるため、ビニール盤と呼ばれることもある)に向かうと、僕らにとっては宝の山である山ほどのレコードを発見する。しかしそれは既に別な男が買おうとしていた所だった。諦めきれない僕は、男にディスクを分けてもらえないかと交渉を始める。
 スクラッチ/分化、または下地と下地の繋がり。DJというなかなか聞かない媒体のお話なので、目から鱗でした。《僕》のDJに関する語りは心地よく、装丁の色彩も相まって、青と白を混ぜて描く清純な絵画を彷彿とさせます(ややそれとは趣の違う展開も出てきますが……)。絵を想像させながら文章のタッチをつなげてみると、さながら小気味良いサウンドが本の隅から聞こえてくるようです。透明な文章に音を上乗せした作品は、頁という薄皮を通して読者に語りかける、《僕》の独り言にも聞こえます。一番気に入った文章は『新しいものはどこにもない。誰かの影響を受けた誰か、その影響を受けた誰か、そのまた影響を受けた誰かが、そのたくさんの下地の上に自分の絵を描くのだ』でした。そうなると、原始の時代、初めてそれを確立させた人が最初に感じた物は、一体なんだったのでしょう?


『楽器たちの図書館』
:自動車事故に巻き込まれた彼は、その瞬間に《何者でもないまま死ぬなんて無念だ》という思いが頭の中いっぱいに満ちた。事故から回復した後、頭をいっぱいにしてしまう思いを消し去るために酒浸りになっていた彼は、やがて【ミュジカ】という楽器店を発見する。そこを生きる場とするヒゲ店長、並べられた数多くの楽器、そして何かが始まり、作り始める彼。
 物語構成で見てみると、この作品が最も好みです(文章が良かったのは、『ビニール狂時代』でしょうか)。この短篇集全体から感じられるものでもありますが、この作品では、事故や酒浸りという、ある意味では深刻な様相を描いているのに、それをサラリと書ききっています。その様は重みがあるものを軽視するというよりは、事故や転落などはその後へのプロセスだと言い切っているようで、マイナスに比重を置かない作品群なのですね。一言で言い表すならば《平和的》でしょうか。この作品から投射されるイメージは、誰かもしくは何かにしっかり見守られた小部屋で、そこに住む妖精がちくちくと手細工を始める、というものです。作られるのは実務的で役に立つわけでもないのに、そこにあると気分が均されていく物、タペストリーや装飾を付け足した砂時計のように、別な場所にいる感覚を生み出すもののように思います。装丁も相まって文章の透明さが増幅され、清涼剤として落ち着かない心に水を与えてくれます。恐怖や殺伐とは違った物に目を向けたい方には、一読の価値アリです。そしてスッとした文章を読みたい方にも。

楽器たちの図書館 (新しい韓国の文学)

楽器たちの図書館 (新しい韓国の文学)

それと、Galleryに新しいSSを投稿しました。艦これSSです。タイトルは『名前を知らない洋菓子で』となります。
こちらからどうぞ。