がらくたマガジン

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キム・ジュンヒョク(波田野節子/吉原育子)『楽器たちの図書館』CUON、2011

全八作のうちの七〜八作目の感想です。

今回が最終回となります。ここまで見てくださった方、ありがとうございます!



『無方向バス』【出だしと二番目の文章、そして最後の二つの文章は、キム・ソジンの短編『美しかったベンドク』から引用した】
:かつて母が愛用していたデカ帳は、僕にとって何かの想いが込められた代物だった。大きくなってデカ帳を使えるようになった僕はそこに日記を書いたりしていたが、だんだんとそれも薄れていった。大学に入ると彼はデカ帳を家に置き、自炊寮で一人暮らしをすることにした。そして大学四年、卒業間際、母が消えた。
 斬新さとしてはこれが一番でした。まさか既存作品をリミックスするとは……こんな発想もあるのだなあ、と脱帽する所です。音楽のリミックスによって、そのものであった軌跡は残しつつも、自分自身の感性をねじ込んでいく事で、また新たな方向性を描き込みます。リミックス元を知らないのでそちらについてはコメントの仕様がありませんが、どことなく流れる哀調的なもの寂しさと、主人公の動き方に痛切さを感じます。登場人物らももう少し掘り下げてもらうと、より楽しめたように思いますが、その辺りは元の作品との兼ね合いもあるのでしょうか。そういえば思ったんですが、消しゴムで消されることになった文章って、最後に何を思うんでしょうか?


『拍子っぱずれのD』
:Dは完全極まりない音痴だった。規則的に拍子を外してしまう。主人公とDはかつて同じ高校の合唱団(名ばかり)に所属していた。Dはもちろん他と音を合わせられない。学園祭の合唱では悲惨極まりないことになってしまった。数十年後、主人公の元へ、コンサートの企画をして欲しいとDが連絡を寄越す。実際に主人公が企画する事になったのはDが知り合った、人気絶頂グループのダブルダビング(2×Dubbing)であった。
 ひとっ飛びの過去と現在。僕とD。他の要素は数あれど、一番の主軸は僕と彼が占めているのです。最初から最後まで簡潔極まりなく、二人は対立軸にあります。人気グループのコンサルティングをして名を上げたい主人公と、その一方に位置するD。ある意味では過去が現在を取り込む話とも言えるでしょう。繰り返される学園祭の頃の追憶は悲惨で終わりながらも、それが徐々に覆いかぶさるようにラストシーンにつながっていきます。これは主人公とDの話でありながらも、完全なる勝利と敗北で終わる話でもあります。本当に哀れなのはどちらになるのか。かつてある事をされた側は、それをどう吹き飛ばすのか。した側はどう受け止めるのか。この作品には、飄々とした中に人の意地らしきものが内部に隠れており、何か恐ろしさめいたものを私は感じるのです。僕の話でもありながら、Dの話になっていく、裏返った背徳感。この作品は、第二回金裕貞文学賞受賞作となりましたが、それが頷ける力を備えているように思います。

 
 と言った所で、『楽器たちの図書館』の感想を終えたいと思います。
 次の感想も短篇集か、あるいは他の長編になるかどうか、悩みどころです。

楽器たちの図書館 (新しい韓国の文学)

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