がらくたマガジン

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飴村行『ジムグリ』――まつろわぬ民、銃、地雷、そしてシャッテン (復)

 飴村行『ジムグリ』集英社文庫、2018を読んだ。ジャケットそのものが極彩色で怖いし書いてあることの意味もわからない。帯には「関根勤さんも大絶賛!」と書いてあるのだが、作者の粘膜シリーズを読んで大ファンになったそうだ。芸能人もこういう小説読むんだなあ、と変な感心があった。ちなみに解説も関根勤さんが書かれている。

 

ジムグリ (集英社文庫)

ジムグリ (集英社文庫)

 

 

 

 どこから始まるのかというと、トンネルだ。主人公である博人が大宮あたりから引っ越してきた小仲代群獅伝町には、虻狗隧道と呼ばれるトンネルがある。トンネルは地下に通じているのだが、そこに住むのは〈モグラ〉と呼ばれる国家に所属しない民であり、彼らは必要に応じて外に出て人々に危害を加える。ドリュウ服を着用している彼らは軍衣や編上靴を履き、必要に応じて銃で武装している。

 

 国の中に国があるというひっくり返りそうな世界観だが日本人は普通に適応している。外界に出てきたモグラ兵は見た感じ大日本帝国陸軍で防毒面を被っているが、警察の処理は手慣れているし〈モグラ〉の話は獅伝町にしか伝わっていない。役所や警察が馬耳東風を決め込み続けた結果として、〈モグラ〉はいないことになったのだ。

 

 その古来よりあるトンネルに美人妻の美佐が入っていった。〈モグラ〉と美人妻なんだからエロ本の導入にでも使えそうだが、作品で出てくるのは混じりけなしの暴力、罵倒、ゴアである。そもそも問題は〈モグラ〉だけでなく、博人の周囲の人々や環境、もともとの博人が持っている問題が混じり合い、トンネル以前から暗黒が渦巻いている。

 

 今作ではトンネル内の地下帝国について説明を聞かされるシーンが群を抜いて禍々しく印象的である(このシーンは文庫での加筆修正のようだ)。

 

 終戦直前、兵役逃れ達がトンネルに逃げたと聞き及んだ兵事係吏員は地元の人間を締め上げてそれまでの因習を暴露し、地元の兵隊を巻き込んで武装警官五十名以上の大捜索隊を練り上げるとトンネルに向けて出発した。

 

 結果は兵士と警官併せて全滅である。所詮〈モグラ〉と侮っていた兵士たちは爆弾で奇襲されて半数以上が吹っ飛び、散開した生存者たちに四方八方から銃撃が浴びせられた。生存者は川沿いに逃げようとしたが地雷原になっており、だいたいが爆発してバラバラになって死んだ。国内に地雷埋めてんじゃねえよ!

 

 ちなみに〈モグラ〉の叛乱は県外には知られなかった。叛乱の翌日には玉音放送と玉音盤の争奪戦で首都がグチャグチャになったため、なんとなくその後も彼らは封印されたのだ。

 

 この辺りのシーン、戦時中の生々しい体験談という形に則っているが、それにしても異様に禍々しく、一行一行から暴力が滲んでいるので痛みと面白さを同時に覚える。

 

 その後はいよいよトンネルである。紆余曲折あって暗黒のトンネルに入った主人公だが、中で育っていたのは異質な文明である。基礎的なところは帝国陸軍と類似しているが、根本的に異なっている。まず人体の構成から違うし、楽器で治療もする。そこにドイツ語混じりの対話を聞いていると、SFどころでない異世界にワープした面持ちになる。

 

 そして主人公である博人の心情の転換である。最初は問題だらけで精神疾患もあったとはいえ、獅伝町で普通に生活していたのが、徐々に地下帝国の価値観に染まっていく。一歩前進一歩後退を繰り返しながら博人は暗黒に入り……〈モグラ〉に慣れ親しんでいく。その幻想的な歩みを取り巻くのは、そもそもどうして妻はトンネルに入ったのか……トンネルに住む民は何を目指しているのか……そうした謎の数々だ。

 

 最後はやはり博人の物語で締まる。解説で関根勤さんが博人を「ドロップアウトしていく男」と評していたが、その通りだと思う。内面に暗さを抱えた男が、トンネルに誘い込まれるように入っていく……生きては戻れぬ暗黒に、敢えて旅立つ人は何を考えるのか……どうしてそうなったのか……荒涼としたどん詰まりでありながら、どこかから吹き付けるか細い風を感じさせる作品でもあった。

 

《終わり》