がらくたマガジン

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豊田正義『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』

豊田正義『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』新潮文庫、2009
:一人の詐欺師であった男が、如何に北九州のとある一家を破滅させるに至ったか、七人の男女らをそれぞれによる殺し合いによって全滅させるまでに至ったかを暴いたノンフィクション作品。


 この本に出てくるのは犯人である男女(ただ女性については、男による虐待の結果から、従順な人形になったというのが本書の結論です)、そして被害者である一家です。七人の男女らは男の話術に引き込まれ、財産を取られていき、それらに付随する社会的な立場を失い、男による拉致監禁と、監禁場所であるマンション内での虐待・拷問・生活制限の果てに一人死に、また一人死に、男の指示(あるいは間接的な命令)により、弱った者は血縁者によって殺されるようになりました。最終的には残された子供同士で首を絞めあい、同じく拉致されていた少女が逃げ出し警察に向かうまで、事件そのものが虚無という名の濾過槽に消えていたのです。


 当本において頻出するのが、男による徹底的な責任逃れの態度――直接的には命令をせずに、被害者らに『自分で考えた結果』としての悪業を押し付け、半ば強制的に道を塞ぐように、殺害、解体へと至らせる態度です。男は解体の具体的指示や道具にの用意は積極的に行いますが、直接バラしている間は隣の和室でテレビを見ていました。


 そして金づるになりそうであれば天才的な話術(元警察官すら篭絡されました)で味方につけ、必要なくなれば処理するという態度は、逮捕された後も一向に変わりません。人を飲み込む全ての事を成し遂げた男を、その心理を裁判や裁きによって理解することには大きな不可能性を覚えます(最もこれは、おおよその犯罪者のケースに当たるのですが。。。)。


 またここでは、男が自分の責から逃れるために、より効率よく犠牲者らを落とし消し去るための手口が様々に描かれています。男をマンション一室の王とし、男の気分でくるくる順位が変わるピラミッド制度、睡眠から排泄と生活の全過程で行われた生活制限、死した人らを解体(魚料理の本を参考にしたそうです)し、ペットボトルに詰め、流す手法、人々を繋ぐために行われる、全身の各所に行う通電制度。特筆すべきはこうした苛烈な拷問の末にも、被害者らは一切抵抗の意思を見せず、犯人の為すがままになっていたということです。また裁判では、もちろん男は犯行のほぼすべてを否定し、清々しいほどの自己正当化に明け暮れます。


 同時にこの中では、これ自体が犯罪ノンフィクションである他に、男が自分に従っていた女を如何にしてそうさせたか、虐待と暴力によっていかに女が、男に縋らなければ生きていけなくしたかを示す、DVの素材としても描かれています。この本の最後に、女は筆者の支援により、生きる何かを取り戻し、人間性を回復していきます。廃墟から花が咲くように、それも括ってみれば救いとして見ることができます。


 ただそれ以外に、この本に正しい要素はありません。


 言わばここに出てくるのは人を潰しきった車輪の軌跡。旅の後に、潰した後を丹念に調べて、何かを読み取るだけしかありません。


 謎というよりも、ここで明かされるのは虚無の痕跡と精神的空白しかないのでしょう。


消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)