がらくたマガジン

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平山夢明『ヤギより上、猿より下』――誰も追随できないユーモア、展開、エンディング (復)

平山夢明『ヤギより上、猿より下』文春文庫、2019を読んだ。

 

 

ヤギより上、猿より下 (文春文庫)

ヤギより上、猿より下 (文春文庫)

 

 

 

短編集だ。四作品が収録されており、初出は『オール讀物』である。「よくこんな作品を雑誌に収録できたな……」と思うほど凄まじい作品だらけで、一作品を読むのに何度も休憩する必要があった。以下にタイトル別に感想を載せたい。

主人公はタクムという小学生だ。家で父が母を殴る。タクムには妹がいる。アヤだ。タクムはアヤに幸せになってほしいと思っている。父は母をひどく蹴ったり殴ったりするが、子どもには手を出していない。

 

しかしある夜、虐待される母を見てタクムに火がついた。タクムは父の足にしがみついたのだ。弾みで父はタクムを蹴り飛ばした。ルールは破られた。タクムとアヤはじきに死ぬだろう。タクムの前に、外国人が現れる。アレキサンダル。ある条件と引き換えに、父を消してやるとタクムに告げる――

 

淡々と絵本調のように語られるが、内容は怖気を覚えるほどの虐待に関する数週間ほどの話だ。舞台は下町で、地味な町並みと不気味なほど戯画化された人間のつくりが、作品の不条理さを高めている。短編だが、気まずさと疲労感、終わりに訪れる一筋の光には、読む価値がある。

 

『婆と輪舞曲』――DANCE WITH GRANNY

婆――ババが「俺」を養っている。会社が倒産して無職になってしまった俺に、ババが仕事を持ちかけてきたのだ。金払いがいいので、俺は探偵の世界へ飛び込んだ。

 

ババの娘は行方不明になっている。が、三十年前の出来事だ。しかもババのいうことにはホラが多く、話にもつじつまが合わないので、調査は苦戦する。警察に睨まれ、周囲から白い目で見られる。しかしカネをもらっている以上、探偵業をこなさなければならない。

 

ハードボイルドとやるせないユーモア感覚がまぜこぜになった、トラッシュでありつつもタフな作品。「どうにもならないなあ」と日々をしのぎながらどうにかやっていくうちに、不意に日常に変化が訪れるような、あるいは単なる夕暮れが、時に非日常な美しさをもって見えてくる作品だ。

 

『陽気な蝿は二度、蛆を踏む』――CHEERFUL FLY RUN OVER MAGGOT TWICE

 

「俺」は殺し屋だ。あだ名はエンジン。普段は仕事を依頼され、標的がいる町へ向かって、殺害する。俺が他の殺し屋と違う点は、標的にできる限り接近し、時にコミュニケーションを取ってから殺す点だ。今回の標的は、煙草屋の主人だ。

 

ハードボイルドでスモーキー、あるいは度数が高い酒のような作品だ。乾いた筆致で陰惨な殺し屋生活が語られる。ところどころで挟まれるユーモアはかえって苦々しさを増幅させるが、ページをめくる手は止まらない。作品に通底する不条理さと切なさはここでも存在する。結末は胸を抉り、本から顔をあげた時、日常に戻ってこれたことにある意味ホッとさせられる。

 

『ヤギより上、猿より下』――GOAT< <APE(注:検閲されました)

 

不景気にあえぐ山の麓のお店、『フッカーズ・ネスト』があった。とにかく客が来ない。経営者はオバチャンとロハン、従業員はおかず、つめしぼ、せんべい汁、あふりか、ロハンなどがいる。経営難のネストのところに、一発逆転の手札として、ヤギの甘汁、オランウータンのポポロが運び込まれる…………

 

最初からひっくり返りそうになった。「なに」と「なんなの」と「どうなってるの」を連発してしまう、とにかく予想の斜め上が平気で起きるのだ。トラッシュなキャラクター、トラッシュな展開、それが堂々と繰り広げられるので、面白いを通して凄みが出てくる小説だ。一体なんなんだこれは! と叫びたくなるが、思った時点で作者の掌で踊らされている。

 

キャラクターも群を抜いてヤバい。どの人物も気の利いた造形だが、印象的なのはあふりかだ。彼女(五十路)の部屋はジャングルのように蔦が巡らされ、隅にはタイヤを天井から吊ったブランコがある。壁にはシュワルツェネッガーの映画『プレデター』のポスターがあり、好きなんですか? と訊いたら、俺はあれになる、という。なりたい人間は初めて見た。

 

最初のパンチが強すぎて読者は世界観に引きずり込まれるのだが、読むほどに面白くなる。ヤギとオランウータンがネストにやってくるが、彼らも働くのである。従業員として。ヤギもオランウータンも営業成績をあげていく。そして読者が『ヤギより上、猿より下』というタイトルの意味を知った時、本当の意味で戦慄するだろう……

 

しょうもない世界としょうもない人間、そして極限の展開が狂気的にエッジを利かせながら進む。いずれ作品は終わるが、その時読者は、自分が作品の中に浸っていたことに、そして日常に戻ったことに安心したり、脱力したり、やや勿体なく感じるだろう。ケレン味が強すぎてとても万人には勧められないが、ハマる人はとことんハマる。凄まじい本だった。

 

《終わり》