がらくたマガジン

小説を書いたり、読んだり、勉強したりするブログです。執筆者紹介  (復)=復路鵜執筆  (K)=春日 姫宮執筆

築地俊彦(illustration/NOCO)『艦隊これくしょん -艦これ- 陽炎、抜錨します!』ファミ通文庫、2013

【前振り】

 ブラウザゲーム『艦これ』と言えば、現在では知っている人がそれなりにいるのではと思います。多くのプレイユーザーを備えたこのゲーム、正式名称の『艦隊これくしょん』は、昨年スタートした旧海軍艦艇らをモチーフとした艦隊育成シミュレーションゲームを指します。艦娘たちを育成し、出撃させ、そして新たな艦娘を集めていくこのゲーム。
 その書籍版は昨年から発売されてきました。
 現在ではwebや雑誌連載を含め、漫画や小説など多くの媒体に掲載されている、『艦これ』の上に立った作品たち。今回は、おそらく書籍版としてはじめて登場したように思われる、この一冊を紹介することにしました。
『艦これ』のファミ通文庫版ノベライズ、『陽炎、抜錨します!』のレビューです。なお二冊目も満を持して発売されていますが、こっちのレビュはできれば今度にしようかなーと。今回の主人公は、陽炎型二番艦駆逐艦の陽炎です。でも個人的には曙とかも捨てがたいんですけどね

【あらすじ】

 深海棲艦が跋扈する世界。何処からか現れた人類最大の敵たちは、海上交通路という資源運搬の要を、島と大陸を運ぶ道路を荒らしまわっていた。敵対勢力に為す術がなかった人類は、やがて深海棲艦にも対抗できる存在として、選ばれた少女たち……艦娘を配備していく。艦娘の一人として訓練に励む駆逐艦陽炎は、呉鎮守府から横須賀鎮守府――通称横鎮――へと異動を命じられた。そして異動先の鎮守府、騒動だらけの艦娘たちとの出会いの後、彼女はいきなり第十四駆逐隊の嚮導艦(フロチラ・リーダー)に命じられてしまう。彼女が指導するべき艦娘らは、潮、霰、皐月、長月、曙ら、他の隊からあぶれた艦娘たち。陽炎は彼女たちを一人前にし、使える艦娘にする必要に迫られる。今、彼女の波乱に満ちた横鎮生活が始まる!

【レビュ】

 2014年五月現在でも、艦これのノベライズ版には多くの作品がありますが、こちらの『陽炎、抜錨します!』の方は、ある意味でリアル系列です。他の小説媒体もさまざまな味があって面白いのですが、こちらの作品では、完全に一人の女の子としての艦娘から、ファンタジーも妖精もいない(ちょっと噂されてますが)艦これワールドから始まります。一人の女学生が艦娘になったとしたら……武装すれば……工廠で営まれる作業は……訓練風景は……そうした物が広がります。海に出る時は足元の主機を軸に、両舷前進半速からはじまり、やがてフルスロットルに。艦娘たちが調べ物をする自習室には、弾頭を抜き取った九十式魚雷やタービンが転がります。駆逐艦たちがうまく動かなければ前にぶつかり波浪で機械が故障し……まさに地に明日着いた形式としての、ある意味ガッチリした小説が目の前に展開されているのです。飛び交う砲弾がリアルなら血と汗の訓練風景もリアルチック、そして悪戦苦闘する陽炎の奮闘ぶりも肌で感じることができます。艦娘たちが何を悩み、何を楽しむのか。辛い時は何をして過ごすのか。人間関係は……少女の日常として、また艦娘の日常として、頁の上で生活が展開されているのです。
 とは言え中身が一から十まで暑苦しかったり重苦しいものではなく、作者の築地氏の力量もあってか、楽しくも笑える場面が多くて良い感じに力が抜けます。関係ないですがこの人の別の富士見ファンタジア文庫作品『まぶらほ』も短篇集が笑えて面白いです。2年B組を見てアジテーターという言葉の意味を知りました(遠い目)。個人的にギャグの質は一発芸に吹き出すというよりは、キャラたちの絡みから来るクスクス系の笑いが多い気がするので、本を開けるのは図書館辺りがギリだと思います。でもブックカバーしてないと公衆の面前で、表紙にいる堂々顔の陽炎を人目に晒すことになってしまうため、角っこでチラチラ本を読む羽目になります! ソースは私
 キャラクターたちについては、日常茶飯事的にセクハラを行う提督、「お姉ちゃんと呼んで」と陽炎に迫る重巡愛宕(他の艦娘にも強要してます)、それに一癖も二癖もある駆逐艦達が多く、まさに飽きません。運動マニアの皐月、相当に無言を通しているのでこの子もっと口開けたほうがいいんじゃないのと思わせる霰、霰を守ると称して何故か彼女にべったりな長月、天才肌ながら他の仲間とソリが合わず、陽炎にもいちいち突っかかる曙や、その態度に右往左往する潮……ゲーム内での性格もさることながら、実際に生活する上でのオリジナルなセリフや行動が付け加わるので、より一層面白みが増しており、そうした艦娘らの丁々発止はなかなか見応えがあります。存分にキャラが立ちまくっているので、二人会話も頁となり、そこに複数人が加われば、立派な一大イベントとなり得るのです。小説内でも書かれていますが、駆逐艦たちはナリが小さくとも戦艦や空母とも張り合うために、ファイトソウルが凄まじい娘たちが多く、闘犬とも言える存在なのですね。そんな子たちが集まって、平穏に終わるはずがありません! 時に笑い、時に殴り合い、時に助けあうその姿を見ていると、なんだか新兵たちの訓練風景はこういうものかと、ほっこりさせられる気もします。
 文体は非常に端的です。厳密だったり膨大な描写が必要な際はそれも為されていますが、基本的にはボクサーのように描写をしぼって書いているという印象。一行一行をシャープに研いだと言いますか、無駄や贅肉を徹底的に省いたスタンスのように思えます――それだからこそ、ボケやコントの切れ味も光るのかもしれません。余分がないので本の厚さもシャープですが、でも、もっと増やしても良いのよ……?
 それとゲーム経験者ならば気になるだろう、工廠やドックの存在についてですが、こちらもきちんとリアル路線で描写されています。それぞれオリジナルな設定でありつつも、しっかりゲームでの役割や枠組みを踏襲しているので、ゲームを知らない方はなるほど、知っている方であればニヤリとする所も目白押しとなっております。読者層としては既プレイで既に知識がある方が多いと思われますが、艦これってナニ? という初心者でも、きちんと一から十まで説明はされているので、割りかしとっつきやすい本となっております。ゲームでは描写されてませんが、海軍ならやっぱりあるんだろうなーという施設だったり、こんな所もあるのか! と眼から鱗な場所についてもちょろっと描かれているので、ああやっぱり陽炎たちはここで生活してるんだなあ、と思わせる一本です。
 そうした設定やキャラもさることながら、ストーリーもなかなか見逃せません。山あり谷ありの第十四駆逐艦隊らの演習模様だったり、訓練模様が描写されては、途中で振りかかるピンチ・パニック・アクションと、エンタメ的な要素は尽きません。楽しい時は仲間と共に、辛い時も仲間と共に! 軍隊ならではの、あるいはチームならではのそれぞれがそれぞれのやり方で貢献する在り方などが根底にあるようなので、一言で言うならば、楽しさあり苦しさありのチーム・軍隊モノという感じです。勿論設定が軍隊なので途中で怪我したり死がつきまとう事も日常茶飯事ではありますが、そこも艦これワールドの一部として、十分に受容できる代物なのでは、と思います。それもまた含めて、リアル路線なのですね。
 より深く艦これについて知りたい方も、そこまで気を張らずに、ちょっと興味が向いたかな、という方にも、オススメな一品です。